2015/12/11

北海道新聞記事

北星余市高校にもともと興味がある北海道新聞記者の方による好意的な記事2つです。


12/11 05:00
ヤンキー先生もエール「危機乗り越えて」 北星余市高の閉校検討

 後志管内余市町の北星学園余市高を運営する学校法人北星学園(札幌)が、同校を2019年度末で閉校させる方向で検討していることが分かった10日、同校の教員だった「ヤンキー先生」こと義家弘介衆院議員ら関係者からは同校の存続を望む声が相次いだ。

 「経営が厳しいことは聞いていたが、何とか存続できないのか」。道東の50代の女性は声を落とした。12年前、 不登校 だった娘が同校に入学し、無事に卒業した。「北星余市は人生に行き詰まった子どもが、ようやくたどり着いた場所。親も子も先生たちに支えてもらった。こんな学校はほかにない」と話す。感謝の気持ちが強く、今でも同校の学校祭に顔を出し、同校が各地で開く教育相談会を手伝うことがある。

 同校が全国に先駆け、不登校児や中途退学者の受け入れを始めたのは1988年。全国から集まった多くの生徒が余市町内の寮や下宿から通学した。

 国際基督教大2年の上野幸星さん(25)=東京出身=も下宿して、北星余市で高校生活を送った生徒の一人。「余市で過ごした3年間は忘れることができない。母校が無くなるというニュースを聞いて、悲しい思いがこみ上げた。何とか続けてほしい」と訴える。

 同じく卒業生で、ヤンキー先生としてテレビドラマや映画化のモデルにもなった義家衆院議員は「北星余市はこれまでも廃校の危機を乗り越えてきた。今回も存続できるよう期待している」とコメントした。

 北星余市高の教育に詳しい北大大学院の横井敏郎教授(教育行政学)は「中退者、不登校児の受け皿が広がったことに加え、不況の影響で下宿をさせて私立高に通わせるのが経済的に困難な家庭が増えてきたのではないか」と指摘。「北星は教師が生徒と本音でぶつかり、生徒の人格を磨き上げる特色ある教育を続けてきた。これまで積み上げてきた教育の実践を今後も絶やさないでほしい」と話した。



12/11 05:00
町長「存続へ手を打つ」 北星余市高の閉校方針

 【余市】北星学園余市高(安河内敏校長、161人)が条件付きで2019年度で閉校する方針を固めたことに、地元余市町では衝撃が走るとともに、「ついにきたか…」と冷静な声が聞かれた。

 「閉校の考え方には正直驚いている。存続できる可能性があるのなら、あきらめずに一緒に頑張っていきましょう」。10日午後、閉校方針の説明に訪れた学校法人北星学園(札幌)の大山綱夫理事長に、嶋保町長は力を込めて応じた。

 大山理事長は、来春の新入生が90人に達しなかった場合、18年度から募集停止し、19年度末で閉校する方針を説明。「90人」という具体的な数字を明示し、厳しい学校財政の現状を訴えた。嶋町長は「地域にとっては北星余市は大きな存在。なんとしても存続できるよう手を打ちたい」と話し、新入生増加へ向けた取り組みで連携を約束した。

 同高の生徒の半数は道外出身者で、民間が経営する寮や下宿で生活する。生徒数が最も多かった1990年代には町内に約40軒の下宿や寮があったが、今は半分の20軒。2人の生徒を受け入れている下宿経営者は「10年前には1学年5クラスだったが、今は2クラス。いずれ学校自体が立ちゆかなくなると感じていた」と冷静に受け止める。

 生徒向けの寮を昨年廃業した男性(60)は「うちから送り出した卒業生は200人にのぼり、今でも連絡を取り合う大切な関係。しかし、生徒数の激減で、寮経営が成り立たなかった」と振り返った。

 閉校のニュースは卒業生にも動揺を広げた。東京出身で国際基督教大学2年の上野幸星(こうせい)さん(25)は「余市で過ごした3年間は忘れられない日々。母校がなくなってしまったら本当に悲しい」と話す。同高の地元応援団でもある同高協力会の安宅俊威(としい)会長(78)は「再び盛り返してほしいと願うが、少子化の流れはいかんともしがたいのか」とショックを隠せなかった。(山崎弘文)

■元校長・深谷哲也さん「絶対必要な学校。存続してほしい」

 1965年の北星余市高創設と同時に赴任し、90年から2002年まで校長を務め、退職後も余市町内に住んで同校を見守り続けてきた深谷哲也さん(79)は「世の中には絶対に必要な学校です。できれば存続してほしい」と話した。

 同校が全国から中退者を受け入れる制度へ方針転換を決めたのは、新入生の減少により閉校がささやかれていた1987年。全教職員で存続の道を話し合い、理事会に上申せずに決定したという。「良い意味でマスコミが食いつき『全国の問題児を受け入れます』なんて報道されたことが後押しになった」と振り返る。90年代前半には全校生徒数が660人を超えた。その半数は道外出身者だった。

 だが「現場は修羅場」だった。2001年には大麻などの薬物使用で生徒79人を処分する事態に。田舎だからと高をくくり、車上荒らしなど問題行動を起こす都会出身の生徒もいた。

 「生徒は『先公を脅せばいい』と思っているが、先生は引き下がらない。そこで生徒と先生の真剣勝負になる。最後には、生徒が自分の間違いに気付き『俺が悪かった』と泣くんです。そうして人間同士の信頼関係が生まれていった」

 近年の生徒数減少については、少子化だけでなく全国で通信制高校が増えるなど教育が多様化し、保護者も不況の影響で子供を下宿させるのが経済的に難しくなっている状況を指摘。「それでも、生徒と教員がぶつかり合いながらコミュニケーションをとるのが教育の本筋だと思う」と語る。

 「われわれは問題を抱えた生徒をなんとか一人前にして社会に送り出してきた。このような学校はなくしてはならない」。28年前を思い、同校が再び存続の道をたどることを強く願う。(小野聡子)
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